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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(行ツ)81号 判決

東京都昭島市宮澤町三二番地

上告人

金杉とり

右訴訟代理人弁護士

和田有史

礒部保

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被上告人

立川税務署長

山田善二

右指定代理人

二木良夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和四五年(行コ)第八四号所得税賦課決定処分無効確認請求事件について、同裁判所が昭和四七年六月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人和田有史、同礒部保の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らしすべて正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

同第二点について。

原審が上告人の本件(六)、(七)の土地、工場の取得を所論のような負担付きのものではないと認定判断したものであることは、原判文の趣旨に徴し明らかであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。してみると、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

(昭和四七年(行ツ)第八一号 上告人 金杉とり)

上告代理人和田有史、同礒部保の上告理由

第一点 原判決がその理由中第三項において、上告人元所有物件(第一審判決別紙目録(一)ないし(五)の物件―以下本件(一)ないし(五)の物件という)と訴外金杉工業株式会社元所有物件(右同目録(六)(七)の物件―以下本件(六)(七)の物件という)とが交換された、と認定したのは以下に述べる理由により経験則に違反し、この違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、(一) すなわち、上告人はその所有にかかる本件(一)ないし(五)の物件と金杉工業の所有にかかる本件(六)(七)の物件とを交換した事実はなく、本件(一)ないし(五)の物件については上告人自身において昭和三八年四月二〇日これを訴外西海商事株式会社に金一七〇〇万円で売り渡したものであり、しかも右譲渡は上告人が株式会社平和相互銀行に対して有する保証債務を履行するためである。また一方上告人が本件(六)(七)の物件を取得したのは上告人が金杉工業の平和相互銀行に対する金一〇〇〇万円の債務の引受けをなすという対価を支払つて実質上買受けたものである、と主張するものである。

しかして、右に至る事情は次のとおりである。

(二) すなわち、金杉工業は昭和三七年暮頃、その主たる取引先である訴外富士自動車株式会社、同株式会社宮田製作所、同興国農機株式会社等の倒産のあおりを受けて事実上の倒産状態に陥り、平和相互銀行に対する債務の弁済が不可能になつた。そこでその頃右債務の連帯保証人であり且つ担保提供者であつた上告人と平和相互銀行、金杉工業の三者で協議した結果、(1)上告人所有の本件(一)ないし(五)の物件を他に任意売却して右債務の返済を行なう、(2)その結果上告人が住居を失ない、また多くの工員が住居並びに勤務場所を失つて路頭に迷うことになるところから、これを防ぐため上告人に金杉工業の平和相互銀行に対する残債務を引受けさせて同人に金杉工業所有の本件(六)(七)の物件を取得させる、との話し合いが成立した。

(三) そこで、上告人は右話し合いに基づき自己の所有物件の処分を金杉工業に一任したところ、右会社にさらにこれを訴外西谷学なる者に委任し、同人が買主を見つけることになつた。ところが、右西谷は買主を見つけている間に一旦処分を承諾した上告人の気が変わりその売却ができなくなる怖れが生じたため、これを防ぐために金杉工業と相謀り、売却先を見つける前に上告人に無断で上告人所有の本件(一)ないし(五)の物件の名義を金杉工業の名義に移転しておくことを考えた。ところが一方本件(六)(七)の物件は上告人に金杉工業の平和相互銀行に対する残債務を引受けさせて同人に取得させることが決定していたから(右残債務がいくらになるかについては確定していなかつたとしても、債務が残ることは明らかであつたし、金杉工業から上告人に対し右物件の所有権移転登記をしなければならないことは決定していたのである)。これらの目的を一挙に解決するため、本件(一)ないし(五)の物件と本件(六)(七)の物件とを交換名義によりそれぞれ金杉工業と上告人に所有権移転登記をすることを思い至つた。そして、その結果本件(一)ないし(五)の物件について昭和三八年四月一一日上告人から金杉工業に対し交換名義で所有権移転登記され、一方本件(六)(七)の物件について同月一二日に同じく交換名義により金杉工業から上告人に対し所有権移転登記がなされたのである。

(四) しかしながら、上告人から金杉工業に対する右所有権移転登記は全く名義上のものに過ぎず実体的に所有権を移転させるものでは無い。

すなわち、前述のとおり、上告人、金杉工業、平和相互銀行の三者協議においては、本件(一)ないし(五)の物件は他に任意売却し、その売得金をもつて金杉工業の平和相互銀行に対する債務の返済に充てようということになつたものであり、本件の経緯は全てそこから出発しているのであつて、金杉工業自身に右物件を取得させようとの目的は断じて無いし、また取得させる理由も全く無いのである。そしてまた所有者である上告人の意思も他に任意売却して銀行債務の返済を行うことにあり、そのために自己の物件の処分を承諾して会社にこれを一任したものであつて、金杉工業に譲渡する意思は毛頭無かつたし、一方金杉工業自身にも右物件の所有権を実質的にも取得するという意思は決して無かつたのである(このことは本件のそもそもの出発とその経緯を見れば余りにも明白というべきである)。これが右のとおり金杉工業に移転登記されたのは、前記(三)において述べたとおり、売却先を見つけている間に上告人の気が変わり売却を拒むという怖れが生じたため、もしそのような事態になつてはせつかくの計画も水の泡となつてしまうことから、金杉工業に名義を移しておけばあとで上告人の気が変わつても売却ができると考え、前記西谷と金杉工業とが通謀のうえ上告人に無断で所有名義を上告人から右会社に移転してしまつたものであり、これは単なる登記名義上のものに過ぎず実質的に所有権を移転したものではない。

(五) 一方上告人が金杉工業から本件(六)(七)の物件につき所有権移転登記を受けたのは、前記(二)において述べたとおり、上告人において金杉工業の平和相互銀行に対する残債務を引受けることによつて対価を支払うという約束に基づき実質的に所有権を取得したからにほかならない。この残債務の引受と右物件の取得とは相互に対価的関係にあり、上告人と金杉工業間に売買か或は実質的に売買と同視し得る一個の無名契約が成立した結果なのである。

上告人が本件(六)(七)の物件を取得したのは、右のとおり債務の引受という対価的負担において取得したものであり、上告人所有の本件(一)ないし(五)の物件を金杉工業名義に移転登記したことの対価として取得したものでは断じてないのである。これがもし代償的意味を有するとすれば、それは上告人がその所有物件を右会社の債務弁済のために処分させられることに対する代償的意味を有するに過ぎず、これは右(一)ないし(五)の物件が一旦右会社名義に移転されたのち売却されようが或は上告人名義のまま他に売却されようが関係なく行なわれたことであつて全く別個の問題なのであり、しかも右のように代償的意味を有するとしても、金杉工業の残債務を引受けるという対価を支払うことなしには上告人が右(六)(七)の物件を取得することは有り得ないのである。

右について、上告人が本件(六)(七)の物件につき所有権移転登記を受けた昭和三八年四月一二日当時には本件(一)ないし(五)の物件がいくらで売却できるか、売却代金を平和相互銀行への債務弁済に充当した場合残債務があるか、あるとすればいくらかということについて一切不明であつたから、このように右(六)(七)の物件につき取得価格が定まらないうちに上告人と金杉工業間に前述の如き譲渡契約がなされるのはおかしいから事実に反する、という被上告人の反論がある。

しかしながら、右契約は、前記(二)において述べたとおり、上告人所有物件を金杉工業の債務弁済のために処分させることが定まると同時になされたものであり、その話し合いがなされた当時右会社の平和相互銀行に対する債務額からみて本件(一)ないし(五)の物件を処分して弁済に充当してもなお相当額の債務が残存するであろうことは余りにも明白であり、上告人に本件(六)(七)の物件を取得させるについては右残債務がいくらになろうがこれを上告人に引受けさせるとの約束の下に成立したものである。

(六) 以上の経緯により、上告人所有の本件(一)ないし(五)の物件は昭和三八年四月一一日金杉工業に対し名義上所有権移転登記され、その後同年四月二〇日訴外西海商事株式会社に対し代金一七〇〇万円で売渡され、右売却金の内金一二〇〇万円は、同年五月一三日金杉工業の平和相互に対する債務の一部弁済として同銀行に支払われた。右西海商事に対する売買契約においては売主が金杉工業となつているがその理由は繰り返し述べるとおり、登記簿上の所有名義が上告人から金杉工業に形式的に移転された結果に過ぎず実体上の所有者はあくまでも上告人であり、従つてまた右売買における真実の売主も上告人である。そして売却代金は上告人に帰属したのち平和相互銀行に支払われたものである。

一方本件(六)(七)の物件は前記約定に基づき同年四月一二日金杉工業から上告人に対し所有権移転登記され(但し、この時期にしかも交換を登記原因としてなされた理由は前記(三)において述べた理由による便宜的なものに過ぎない)。その対価は、これも右約束に基づき上告人において同年九月二七日平和相互銀行からあらたに金一〇〇〇万円の融資を得、これをもつて同月三〇日金杉工業の同銀行に対する金一〇〇〇万円の残債務を消滅させたことによつて支払つた。しかしてその後上告人は平和相互銀行から借入れた金一〇〇〇万円について上告人自身において弁済し、昭和四四年一一月二七日これを完済した。

本件の実体は以上述べたとおりである。

二、(一) しかるに原判決はその理由中第三項(2)および(3)において次の如き各事実を認定した。すなわち

「そこで、金杉工業は、善後策について銀行側や代表者金杉輝の妻で右債務の連帯保証人でもある控訴人と種々協議した末、その頃、銀行との間に、『〈1〉金杉工業の銀行に対する右債務についての担保物件である本件(一)ないし(七)の各不動産のうち、控訴人の所有にかかる本件(一)ないし(五)の土地、居宅を他に有利な条件で任意売却し、その売得金で右債務の一部を弁済し、残債務については金杉工業の所有にかかる本件(六)、(七)の土地、工場を他に賃貸してその賃料のあがりで割賦弁済をする。〈2〉しかし、それでは、控訴人にばかり犠性を強いることとなり、控訴人の家族はもとより多数の工員が住居や勤務場所を失つて路頭に迷う結果ともなりかねないので、一方、控訴人の犠性をすくなくするとともに、右の者らの住居をも確保し、他方、金杉工業には他にも負債のあることゆえ、右賃料が他の債権者に押えられるのを防止するため、本件(一)ないし(五)の土地、居宅と本件(六)、(七)の土地、工場とを交換することによつて金杉工業の土地、工場の名義を控訴人に移転し、かたがた、右残債務についても更改をして控訴人においてその支払をする。』との合意がなされるに至つたこと」(以上(2))

さらに「そして、その頃、控訴人と金杉工業との間で、右合意に基く交換がなされ、昭和三八年四月一一、一二日、本件(一)ないし(七)の各不動産について交換を原因とする各所有権移転登記が経由され、金杉工業は、同年五月一三日、右交換によつて控訴人から取得した本件(一)ないし(五)の土地、居宅を代金一、七〇〇万円で訴外西海商事株式会社に売却して、即日右売却代金のうちから、金一、二〇〇万円を銀行に対する金二、六四〇万円の前記債務の一部弁済にあて、更に同年六月一五日金四四〇万円を内入弁済し、その残債務金一、〇〇〇万円の弁済については、控訴人において同年九月二七日銀行からあらたに金一、〇〇〇万円の融資(もつとも、控訴人自身には、従来、銀行との直接の取引実績がないため、形式上は、前記債務の原債務者である金杉工業が借主で、控訴人はその連帯保証人としてある。)を得、これによつて銀行の方では同年九月三〇日金杉工業の前記残債務金一、〇〇〇万円を消滅させたこと」(以上(3))というものである。

(二) しかしながら、原判決の認定した右事実中「本件(一)ないし(五)の土地、居宅と本件(六)(七)の土地、工場とを交換することによつて金杉工業の土地工場の名義を控訴人に移転……するとの合意がなされるに至つたこと」「そして、その頃控訴人と金杉工業との間で、右合意に基づく交換がなされ」た、との事実の認定は原判決のなした他の認定事実並びに本件の全証拠から見て著しく経験則に違背するものと言わざるを得ないものである。

すなわち、原判決は、金杉工業、平和相互銀行並びに上告人との間において種々協議がなされた結果、(イ)金杉工業の平和相互銀行に対する債務の弁済のために本件(一)ないし(五)の物件を任意売却することになつたこと、(ロ)残債務については本件(六)(七)の物件を他に賃貸してその賃料のあがりで割賦弁済することになつたこと、(ハ)上告人の犠性を少くし上告人の家族はもとより多数の工員が住居や勤務場所を失つて路頭に迷う結果になることを防ぎ、合せて右賃料が他の債権者に押えられるのを防止するため本件(六)(七)の物件を上告人に移転すること、(ニ)残債務については更改をして上告人においてその支払いをすること、との合意が成立したことを認定しているのである。

そうすると、本件(一)ないし(五)の物件は金杉工業の銀行に対する債務の支払いのため、すなわちそれは上告人の保証債務の履行のために他に任意売却されることになつたものであり(右(イ)の目的)現実にもそのように実行されたこと、従つて金杉工業に右物件を取得させることは何ら目的ではなく、また何らの意味を有しないこと、一方本件(六)(七)の物件を上告人に移転することの理由と目的は右(ハ)にあり、しかも右(ニ)のとおり残債務について上告人に支払いをさせるという対価を払わせる条件が附随しており(原判決は単に「かたがた、右残債務についても更改をして控訴人においてその支払いをするとの合意」というのみでその表現は不明瞭であるが、本件において上告人が(六)(七)の物件を取得することと残債務を支払うこととの間には相互に対価的関係があるのである。すなわち上告人は残債務を引受けなければ右物件を取得することはできないし、逆に右物件を取得しないのに残債務を引受けることも有り得ないのである)現実にもそのとおり行なわれたことになる。このことは原判決の認定した事実からすると本件(一)ないし(五)の物件を金杉工業に移転する理由は全く皆無になり、その理由を説明することは絶対にできないものである。

しかも、それでもなお交換(実質的に)が行なわれたとすると、上告人は本件(一)ないし(五)の物件(一七〇〇万円の価値がある)を譲渡した対価として本件(六)(七)の物件(工場の固定資産評価額は約六五〇万円と評価されているとしても実際的な交換価値は殆んどない。従つてその価値は合計約一〇〇〇万円)と一〇〇〇万円の債務を取得したことになり、その差は余りにも大きく、これをもつて実質的な交換がなされたと認定するためには他に何らかの特別の事情がなければならないというべく、他に何ら特別の事情の存したことを認定せずに右の如き不合理な不等価交換を認定したのは明らかに経験則に違背していると言うべきである。

まして前述のとおり、本件(一)ないし(五)の物件を金杉工業に移転する理由の皆無にあつてはなおさらのことと言わなければならない。これを要するに、上告人、金杉工業間に本件(一)ないし(五)の物件と(六)(七)の物件が交換された事実の無いこと、本件の実体が前記第一項において述べたとおりであることを証明するものである。

第二点 仮に、原判決が交換を認定したことが正当であるとしても原判決には以下に述べる点において理由不備の違法があり、また認定事実と判断との間に齟齬がある。

二、すなわち、仮に原判決のなした「本件(一)ないし(五)の物件と本件(六)(七)の物件とを交換した」との事実の認定が正当であるとしても、さらに原判決は「……本件(六)(七)の土地を交換することによつて金杉工業の土地、工場の名義を控訴人に移転し、かたがた、右残債務についても、更改をして控訴人においてその支払いをするとの合意がなされるに至つたこと」(理由中第三項(二))および「……その残債務金一〇〇〇万円の弁済については、控訴人において同年九月二七日銀行からあらたに金一〇〇〇万円の融資(略す)を得、これによつて銀行の方では同年九月三〇日金杉工業の前記残債務金一〇〇〇万円を消滅させたこと」(同項(三))、さらに「控訴人は、その後……中略……前記一〇〇〇万円の借入金債務を弁済し、昭和四四年一一月二七日これを完済するに至つたこと」との各事実を認定しているが、一方理由中第四項において「……結局控訴人は、……中略……、本件(一)ないし(五)の土地、居宅についてこれを所有しているうちに生じた値上りによる増加益の所得を実現して譲渡所得を得たというべきところ、右交換による収入金額は、……中略……、「金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額」をいうものとされているから、本件の場合、取得物件たる本件(六)(七)の土地、工場の交換時における価額によつてこれを算定するものと解すべきである。」とし、本件(六)(七)の土地、工場の交換時における価額は合計約一六五〇万円である」との理由で上告人の交換による収入金額を右約一六五〇万円と判断している。

二、しかしながら、仮に交換がなされたとしても、上告人が本件(一)ないし(五)の物件を譲渡した対価として取得した本件(六)、(七)の物件には一〇〇〇万円の債務負担が伴つているのであり、決して無条件に取得したわけではないのである。従つて上告人の取得した物件の実質的価値は右債務を控除したものとみるのが当然である。

原判決は、前述のとおり、「かたがた、右残債務についても、更改をして控訴人においてその支払をするとの合意」という曖昧な表現を用いているが、それは、上告人に本件(六)(七)の物件を取得させるについては、上告人に残債務を引受けさせその支払いをさせるとの対価的負担を負わせるという意味なのである。上告人としては、右物件の取得と残債務の引受とは相互に対価関係にある、と考えるものであるが、仮に右の間に純然たる対価関係があるとまでは言い得ないとしても少くとも上告人の右物件の取得には残債務の引受という負担が伴つていることは明白であり、その取得する右物件の価値もまた残債務を控除して考えなければならないことは右残債務について右物件のうえに抵当権が設立されたまま上告人に移転していることからみても明らかである。

これを、もし右物件の取得と残債務の引受とを切離し、相互に関係がないものとするときは、上告人に右物件を取得させても残債務の引受をさせないことが有り得ることになるし、一方上告人は右物件を取得せずに、上告人所有の本件(一)ないし(五)の物件を譲渡したうえさらに残債務を引受けることが有り得ることになるが、このようなことは本件においては到底考えられないことである。

三、しかして、旧所得税法一〇条一項は「金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額」を収入金額とする旨規定する。右規定は取得する物又は権利を総合的に考察し、その実質的価額をもつて収入金額となすべきことを規定しているものと解すべきである。従つて、取得する「物又権利」が負担付のものである場合においては、その負担をも考慮したうえ当該物又は権利の価額を算定しなければならないものというべきである。

これを本件についていえば、上告人が本件(六)(七)の物件を取得するについて伴うところの残債務の引受という負担を考慮に入れなければならないということであり、本件上告人の交換による収入金額は、取得物件たる本件(六)(七)の物件の交換時における価額から上告人が引受をなした残債務金一〇〇〇万円を控除した額ということになるのである(右物件には残債務金一〇〇〇万円を被担保債権とする抵当権が設定されている)。

四、しかるに、原判決は、上告人が本件(六)(七)の物件を取得するについてはその負担として金杉工業の平和相互銀行に対する残債務金一〇〇〇万円の引受をなした事実を認定したにもかかわらず、交換による収入金額の算定にあたつて、これを単純に取得物件たる本件(六)(七)の物件の交換時における価額とし右債務金一〇〇〇万円の控除をしなかつた。これは、原判決にその認定事実と判断との間に明らかに齟齬があるものというべきである。

また、仮に原判決が、交換による収入金額の算定にあたつて、右債務を控除しない理由があるとするならば、その間の理由を何ら説明しない原判決には理由不備の違法がある。

さらに、仮に原判決が前記法一〇条一項の規定の解釈において「当該物又は権利の価額」とは取得する物又は権利に負担が附随している場合においてもその負担を控除する必要がない、と考えていたとすれば、前記第三項において述べたとおり、原判決は右の点において法律の解釈を誤つているものと言わなければならない。

以上

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